パピルスは北アフリカのナイル川等に古くから自生するカヤツリグサ科の一種で、パピルス紙の原料ともされた。ペーパーの語源。 ナイル川辺りに自生するものは草丈2㍍にも達するそうですが、ウチのは120㌢くらいかな? 根元には水を張り、蚊の対策としてメダカを入れてます。(J・M)
今年のフクシャの花穂です。ロケットみたいな形でしょう。フクシャは、インド辺りの原産でジンジャーの仲間だって。だとすればゲットウ[月桃]などと同じですね。葉っぱもそっくりです。(J・M)
〈下の写真が昨年のフクシャの花です。夕方には匂い立ちます。〉
―改良と成長の基(もとい)・精神の若々しさの証明―
○懺悔こそ信行生活の基本精神
この「新役中入門」も今回で第13回目、初回を含めて二度目の新年を迎えました。
新しい年を迎えるにあたっては、昨年一年をふり返り、それを総括して自(みずか)らを反省し、改良すべきことは改良して、新しい出発をさせていただきたいものです。
ご信心の上で、この「深い反省と改良」にあたる言葉が「懺悔(さんげ)」です。そしてこの懺悔こそ、み仏の教えを受け、堕獄(だごく)の定業(じょうごう)を能転(のうてん)し、現当二世(げんとうにせ)〈現世[げんぜ]と当来世[とうらいせ]〉の大願の成就を期して信行に励もうとする私共佛立教講が、常に忘れてはならない信行生活の基本精神なのです。
実は『妙講一座(みょうこういちざ)』全体を一貫し、通底(つうてい)する精神も他ならぬ「懺悔」の心です。
○『妙講一座』を一貫・通底する懺悔の心
『妙講一座』(本門佛立妙講一座)の各御文についての講義・解説の書は、既に多くの先師・先輩方が立派なものを著しておられますから、それらのご著作を参照していただけばいいのですが、極く極く概略だけ申しあげておきたいと存じます。
まず『妙講一座』は「五悔(ごげ)」から構成されています。五悔というのは「懺悔」「勧請(かんじょう)」「回向(えこう)」「随喜(ずいき)」「発願(ほつがん)」の五つを指す用語です。
御文(ごもん)の配当は次のようになります。
①「懺悔」段……「無始已来(むしいらい)」の御文
②「勧請」段……「如来滅後(にょらいめつご)」から「南無当門勧請(なむとうもんかんじょう) の列祖(れっそ)」までの御文
③「回向」段……「願(ねがわ)くは受持口唱(じゅじくしょう)し奉る本地本法(ほんじほんぽう)の功力(くりき)を以て」の御文
④「随喜」段……「あゝ有難やまれに人身(にんしん)を得(え)適(たまたま)仏法にあへり」の 御文
⑤「発願」段……「願くは生々世々(しょうじょうせせ)」の御文
右の各段の御文は、もちろん各々に大変深い意味内容がこめられていますから、不用意に概説しまとめることは大変勿体(もったい)ないことだとは存じますが、ここでは敢えて、全体的な理解のための総括的な把握を試みておきたいと存じます。
「懺悔」の段の「無始已来」の御文は「惣(総・そう)懺悔文」とも申します。過去久遠(かこくおん)の昔から今日(こんにち)まで、真実の大法たる上行所伝本因下種の御題目を信じてお唱えすることができず、妙法に背(そむ)き罪障を重ねてきたことを深くおわびし、今からその罪障を消滅し、成仏の果報をいただくまで(今身[こんじん]より仏身[ぶっしん]に至[いたる]まで)決して離さず受持(じゅじ)申しあげる(持奉[たもちたてまつ]る)旨、懺悔改良と妙法受持をお誓いする御文です。
この懺悔の心でそれまで背を向けてきた御本尊たる御題目、その御題目を伝えご弘通くださった蓮隆両祖をはじめとする門流(もんりゅう)の先師先聖(せんしせんしょう)方に帰依(きえ)して、感謝の心でお呼び申しあげ、請(こ)い願うのが「如来滅後」の御文以下の「勧請」段の御文です。
そうして次の「回向」段は、今日までは凡夫(ぼんぶ)の欲を中心とし、自分本位・自己中心の心であったことを反省し、他の人(過去・現在・未来の一切衆生)にも妙法の経力で幸せになってもらいたいという利他(りた)の思い・菩薩の心で臨みたいという心になる。回向というのは「回転趣向(えてんしゅこう)」を縮めた語で、自分の方向にばかり利得(りとく)〈功徳[くどく]・得益[とくやく]〉を向かわしめようとしてきたその方向を回(めぐ)らせ転じて他に趣(おもむ)き向かわしめる意ですから、本来の回向は必ずしも亡き精霊(しょうりょう)〈過去の衆生〉に対するものと限られるものではありません。
現在生きている人々や未来に生まれてくる人々に対する回向ということも当然あるわけで、その意味では「回向の心」はそのまま「菩薩の心」「利他の心」とも申せるわけです。これは世法(せほう)の上でも当てはまることで、例えば地球上に今ある資源を現在の私達だけのものだとして消費してしまったり、空気や水や環境を汚してしまったりすれば、それは未来の人々の幸せを奪ってしまうことになります。
これは回向の心に反する行為だとも申せます。回向というのは、要は「自分へ、自分へ」という心から「他の人にも、みんなにも」という心にかわることです。「共々に幸せになれるように」と願う心が回向の心で、そうすると却(かえ)って自分も本当の幸せに近づくことができるのです。それを妙法の絶大な経力でさせていただきたいと、従来の自己中心の心への反省・懺悔の思いを持って言上させていただくのが回向段の御文なのです。
「随喜」段の「あゝ有難や」の御文は、従来自己中心で自利の欲が強く、しかも求めても得られず、思い通りにならない生活のなかで、不足や不満の念が強く、喜びや感謝の心から遠ざかっていた凡夫が、前の回向段の心のごとく利他の心、菩薩の心を持ち、次いで「こんな三毒強盛(さんどくごうじょう)の凡夫である私も、思えばこうして生まれ難い人間に生を受け、さらにお出値(であ)いし難い真実の大法にお出値いし、信者となることができて、もったいなくも真(まこと)の仏子(ぶっし)〈是真仏子[ぜしんぶっし]〉とまでいわれ、絶大な経力・仏力によって成仏の大果報にあずかることができるとは何と有難いことか」と深い喜びを表明させていただく御文です。
そしてこの随喜段に続くのが「発願(ほつがん)」段の「願くは生々世々」の御文で、これは前の随喜段で表白した深く大きな喜び、人間としての根源的な喜びの中で、ついには「今生(こんじょう)のみならず、生まれかわっても、また生まれかわっても、きっとまた必ずこの御法をいただき、菩薩行にいそしみ、一切衆生を済度させていただきたい。きっとそうさせていただきます」と、菩薩の大願、いわゆる四弘誓願の中でも第一の惣願である「衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)」〈衆生は無辺なれども誓って度[ど]せんことを願う〉の願を発(おこ)し、発誓(ほっせい)する一段です。
○五悔の御文は「凡夫が菩薩へと生まれかわってゆく姿」
こうして五悔の御文のお心を順次拝見していくと、それは一人の妙法不信・三毒強盛の荒凡夫が、妙法にお出値いし、それまでの妙法への違背の誤りに気づき、それを懺悔して妙法の受持信唱をお誓いするところから始まり、それまで背を向けていた御題目・先師に帰依(きえ)申しあげ、利他の回向心を持ち、感謝と喜びの心たる深い随喜の思いを抱き、ついには生々世々の菩薩行までさせていただきたいと発願するまでになる。そこからは罪根甚重(ざいこんじんじゅう)・定業堕獄の末法の凡夫が御法にお出値いすることを通じて、本門法華経の菩薩・本化の菩薩・如来使へと成長し生まれかわっていく姿が彷彿(ほうふつ)としてくるのです。
そしてそのすべての過程を通底し、ずっと響いているのが懺悔の心なのです。
『妙講一座』を拝読申しあげる際は、ただ御文を順次拝読するのみではなく、今申しあげたような御文の心を順次頂戴させていただき、その心で御題目の口唱へと進ませていただくことが大切なのです。
さらに言うなら、『妙講一座』の五悔の要文は、私共信者に「本当の信者はかくあれかし」という、信者に求められる本来あるべき姿、お手本をお示しくださっているのだとも申せます。
『妙講一座』の五悔の御文全体を「凡夫から菩薩への生まれかわりの姿」として頂戴するのも、私共の理解を助ける上で有効な拝見の仕方ではないかと思うのです。
「懺悔」そのものの意味等については次回で申しあげたいと存じます。
*なお「五悔」の配列・順番は、天台法華宗(いわゆる天台宗)では①懺悔②勧請③随喜④回向⑤発願の順で、当宗とは回向と随喜の順番が入れかわっています。しかしこれも、「凡夫が菩薩へと成長し、生まれかわってゆく姿」としていただくと、当宗の③回向から④随喜へと進む方が自然です。人間の成長・発達の過程からみても、利他の回向の心がもとにあってこそ、自他のありかたを喜び感謝する心へと進むことができるからです。
最初は、いわゆる新仔で、いわば鮒と同じ体色でしたが、だんだん変わってきて、今は、ニンジンのような淡いオレンジ色です。このまま色が揚がって、鮮やかな緋色になれば良いのだけれど…。(J・M)
〈下の写真が約40日前に撮影した新仔〉
数年前に、次男の隆が、裏庭の柿の木に、ミズゴケと共に巻き付けて行ったのが、場所が気に入ったのか調子よく育っていて、今年は10を超える花芽を付けました。
福岡は、今年7月の平均気温が日本一だった由ですが、比較的マメに水遣りをしたのが良かったのかな?
夕方には匂いが強くなります。
開導聖人が、「枯るなら枯よと思ひ捨たりし 庭の風蘭花さきにけり」と詠まれたのは、この時期だったのかな?
(J・M)
〈下の写真は古代バス系の皇居蓮[こうきょれん]です。ウチのビオトープで咲きました。中型の紅色系。〉
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