―お役中は周囲の太陽たれ―
○「和顔施(わげんせ)」と「笑顔の効用」
前回まで三回にわたって「法燈相続の大事」(―「あとつぎづくり」と「信教の自由」―)のテーマで記しました。特に前回は少々固い内容でしたから、興味を持っていただきにくかったかもしれません。でも「信教の自由」の内容やその限界については、お役中ともなれば一通りの基本だけは理解しておく必要もあろうかと存じます。知っておけば、自信をもって対応できることにもなるからです。
さて今回は少し柔らかく「笑顔の大切さとその効用」について記したいと存じます。
仏教に「無財(むざい)の七施(しちせ)」という教えがあるのをご存知の方は多いと存じます。
①眼施〈げんせ〉(まなざし)
②和顔施〈わげんせ〉[和顔悦色施〈わげんえつじきせ〉](表情)
③言辞施〈ごんじせ〉(言葉)
④身施〈しんせ〉(体の奉仕)
⑤心施〈しんせ〉(慈悲の心)
⑥床座施〈しょうざせ〉(席を譲る)
⑦房舎施〈ぼうしゃせ〉(部屋や家の使用のための提供)
(雑宝蔵経第六「七種施因縁」大正蔵第4巻479頁)
以上の七つで、いずれも金銭や財物を与えなくてもさせていただける布施ですね。
「和顔施」はその二番目ですが、端的にいえば周囲に対し笑顔や慈悲の表れたよい表情で接することですから、当然ながら①の「眼施」(まなざし)も関係しますし、そのもととなる「心」のありようも深く影響します。
この「笑顔」は、実はお役中にとっては殊(こと)に大切なものだと思うのです。それは周囲のご信者の教導はもとより、結縁、育成、法燈相続をはじめ、家庭内の円満の秘訣(ひけつ)の一つだとも申せます。では笑顔にはどんな効用があるのでしょう。
○「笑顔の効用」を生かす
以前NHKテレビで『オモシロ学問人生』というシリーズ番組がありました。毎回ちょっと変わった研究をしている学者さんとその研究内容が紹介されるのですが、その中の一つで、「表情分析学」という聞き慣れない学問を研究している工藤 力(つとむ)教授が紹介された(1999年3月2日・NHK総合)のです。タイトルが「顔は口ほどのものをいう」でした。この工藤先生、最初は別の研究をしていたのですが、当時ある女性を好きになり、やっと初デートにこぎつけることができて、一日のデートをしたのです。ところが、それまでそうした経験が全くなかったところへもってきて根が真面目でカタブツだった先生は、カチカチになってしまい、少しは言葉を交(か)わしたものの一日中固く強(こわ)ばった表情のまま過ごしてしまいました。そのまま別れ際になったとき相手の女性は「あなたは私と一緒に居ても少しも楽しくないのですね。もうお会いしない方がいいと思います」と言った由で、彼女とはそれっきりになってしまいました。この失恋にショックを受けた先生は、改めて表情の大切さに気がついたのです。いくら心の中で相手を好ましく思い、一緒に過ごせることをうれしく思っていても、表情にそれが出ていないと、決して伝わらず、誤解さえされてしまうことを思い知らされたわけです。それで先生は発奮して、当時研究が進んでいた米国の大学へ渡り、表情分析学を修めました。その成果もあってか、帰国してからの恋愛には成功して、今の奥さんと結婚することができたのだそうです。
さてこの工藤教授の研究によれば、人と人がコミュニケーションをする際、特に面と向かって会う場合、客観的な「言葉そのもの」の伝達力は意外にも全体のほんの数パーセントの効果しかないのです。それが「活字」と全く違うところだというのです。むしろ、声音(こわね)とか、身体全体の雰囲気とか、特に顔の表情、目、顔色などのほうがずっと大きな伝達力を持っているのです。そういえば「どうぞごゆっくり」と言いながら人を追い出すこともできますね。そして表情の中でも最も影響力があるのが「笑顔」なのだそうです。先生は「笑顔の効用」として次の4つを挙げます。
①笑顔は伝染する。
②笑顔は引きつける。
③笑顔は明るい話題になる。
④笑顔は7~8歳若く見える。
①の「笑顔は伝染する」というのは、例えば電車の中などで向かい側の席に赤ちゃんがいてニコニコ笑っていると、大概の人はつられてほほがほころびますね。「貰い泣き」というのはつられて泣くことですが、笑顔の方が伝染力は強いのです。いい笑顔は周囲を笑顔に染めていく強い力を持っているのです。
②の「笑顔は引きつける」とは、笑顔のある所や人の周囲には他の人が引き寄せられ、集まってくるということです。怒った顔や気難しそうな顔、悲しく暗い表情を好きな人はありませんから、必要のない限りそんな所には近寄らないように、自然になっていくのが普通です。
③の「笑顔は明るい話題になる」とは、暗く陰気な表情や、怒ったような顔で会話や話し合い、会議などをしていると、どうしても話の傾向やその場の雰囲気が消極的で非生産的な方向に趣(おもむ)いてしまい、大概はロクでもない結果にしかならないのに対して、笑顔を大切にして会話や会議を進めていくと、不思議に明るい方向、積極的で生産的な方向に話題が向かい、善い結果を得られることも多いという意味です。
最後に④の「笑顔は7~8歳若く見える」とは、人は地球の重力を受けて生活しているため、生まれて以来加齢とともに筋肉も皮膚も下に向かって垂れ下がってゆくのですが、にっこり笑うとアゴの筋肉やほほ全体が上に引き戻されるので、その分必ず表情は数歳から7~8歳は若返る道理だということです。実際同じ人の写真でも笑顔の方が感じもよく、若々しく、イキイキとして見えますね。
開導日扇聖人は御教歌に仰せです。
いか計(ばかり)うれしき事のあるやらむ
みるにゑまるゝみるにゑまるゝ
「あの人はあんなにうれしそうにニコニコしているが、一体どれほどのいいことがあったのだろう。それにしても見ている私までもがつられて自然にほほえんでしまう。いやほんとうに結構だなあ」というほどの意でしょうか。「こちらまでうれしくなってついつい目が離せない」という雰囲気ですね。見ているこちらに文字通り「笑顔が伝染」し、「笑顔に引きつけられ」ており、「なぜだろう」と興味・関心を喚(よ)び起こされてしまっているわけです。
笑顔の大切さは、女子マラソンの高橋選手に対する小出義雄監督の言葉にもあります。〈小出監督はいつも言っていた。「嫌(いや)な顔をしてやっちゃいかん。楽しんでやれ。ニコニコしている顔に出会うと、こっちまでうれしくなる」高橋選手がけがをしたり、風邪(かぜ)をひいて焦(あせ)っていると、「“せっかく”風邪をひかせてくれた。せっかくお腹(なか)が痛(いた)くなったのだ。ありがたい。そう思う心が大切なのだ」と小出監督は書いている。(『君ならできる』幻冬舎)〉[毎日新聞・2〇〇〇年9月26日『余録』]
笑顔の効用の素晴らしさは以上の通りですから、まずは形から、事相(じそう)・外見からなりとも笑顔の稽古をすべきですが、もちろん本物で自然な笑顔には、そのもととなる心のありようがやはり大切だというのは当然です。深い喜びや感謝の心があれば、自然にそれが目に、表情に、雰囲気に表れてくるでしょうから。ただそれでも工藤教授の失敗のような例も一方ではあるのですから、やはり努力や工夫も大切なのでしょうね。稽古や喜びと感謝の心の大切さについては、これまでに記した「稽古の大切さ」(新役中入門⑯⑰)や「懺悔の大事」(同⑬)の中の「随喜段」の説明等で既に触れておりますから、参照してください。
「まれな人間に生まれ、その上真実の大法にお出会いできた。そのおかげで堕獄の定業(じょうごう)を能転(のうてん・よく転じ)して現当二世の大願を成就させていただける。これほどの喜び、うれしさがあろうか」という最も根源的な深い喜びを感得させていただけるのが佛立信者なのです。これさえ忘れなければ、きっと大丈夫だと存じます。
○お役中は周囲の太陽たれ
『妙講一座』の「日月の御文」やイソップの「北風と太陽」の寓話(ぐうわ)ではありませんが、お役中はやはり周囲のご信者にとって太陽のように明るく暖かい存在であってほしいと存じます。そのためにもまず笑顔を大切にしてほしいのです。
先の工藤教授の4つの「笑顔の効用」にあるように、組なら組長さんの笑顔が次第に周囲を染め、引きつけて、その組全体が明るく前向きに歩んでいく原動力ともなっていくのだと思うのです。
佛立研究所 京都市上京区御前通一条上ル Tel:075-461-5802 Fax:075-461-9826
COPYRIGHT 2008 Butsuryu Research Institute Kyoto Japan ALL RIGHT RESERVED.